2005年12月10日

気になる人

『気になる人はいるけど、好きな人はいないんだよねぇ』
ベタ辞典に載ってそうなぐらい、良く聞くセリフですが、
その違いって何なのでしょう?

続きを読む
posted by Tomo at 12:10| Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月14日

人も過去も・・・

人も過去もバッサバッサと切り落として
都合の良い部分だけ 切って貼ったような人生
from 東京フレンズ

まさに僕の事だと思った。
振り返る余裕もなく、省みることなく、
去るもの追わず、来るもの拒まぬ歩んだ日々が、
今の僕、そのものに違いない。

「うまく生きてるよね」
僕をそんな風に評価する人がいるけど、
強がって、そう見せているだけだったりしてね。
下手だって思われたくないから。
切り落とす痛みも感じないフリをして。

「1人で居たい寂しがり屋」
そんな矛盾は、こんなところから生まれるのかもね。
安らげる場所は、いくらでもあるけど、
心の緊張が解ける時間は、なかなか見当たらない。

これから先、都合の良い部分がなくなったら、
僕は居なくなっちゃうのかな。
張り合わせる糸がなくなったら、
過去と未来はバラバラになっちゃうのかな。

全てを認めるツヨサは、まだ持てそうにないよ・・・。
posted by Tomo at 14:03| Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月07日

幸福追求権と公共の福祉

憲法の解釈は、見解が分かれるところなので、
何が正しいというのは困難です。
また、一見矛盾しているような内容を、
両立させるような「○○論」などが
その分野の学者から提唱されていますが、
個人的には、それもナンセンスかと。
時間や人が変われば、揺らいでしまう憲法も
いかがなものかと思いますが。

さて、タイトルを読んでどんな風に思いましたか。
矛盾・・・感じませんか?
続きを読む
posted by Tomo at 10:46| Comment(6) | TrackBack(4) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月20日

NoPlan NoLife

どこかで何かを読み間違って、
降って沸いた言葉。
『No Plan No Life』
セレンディピティな発見とは、まさにこのこと。

自由に、何にも縛られずに生きることも、
否定しないし、むしろ、素晴らしいと思う。
でも、「My Life」に限って言えば、それは絶対にありえない。

マクロな世界に生きる僕は(←言い回しが理系っぽいけど、内容は文系w)
因果律に反するものはない、と思う。
だから、「Plan」のない場合、
そこに僕の意思はなく、結果だけが目の前に置かれる。
でも、ワガママな僕は、
その結果が気に入らなければ、二度とその結果は得たくない。
少なくとも、得ないように努力したい。
だって、楽しい人生にしたいから。
因果律が存在するなら、結果をもたらす因子も存在する。
この因子が偶然であるなら、取り除くことはできない。
しかし、僕の意思の支配下であるならば、
排除することも出来る可能性がある。
もちろん、全てが必然とも意思の下の事象ではないと知ってはいるけど、
何もせずにはいられない。
そう。僕に唯一残された悪あがき・・・それこそが、「Plan」なのかもしれない。


posted by Tomo at 22:00| Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月22日

三十にして立つ

良く40歳を不惑の歳と言いますが、
「十五にして学に志す」から、
「七十にして心の欲する所に従いて、矩を踰えず」まで、
節目の歳に、それぞれ言葉があるわけです。

さて、僕が次に直面する節目、それは30歳。三十路です。
ここで僕は立たなければ、ならないわけです。
つまり、残りの20代を立つために尽くさなければならない
ということになります。

では、「立つ」とは何か。
これを考えるために「立っていない」とは何かを考えると、
市場価値がない人ではないかと、僕は思っています。
どんな人が市場価値が無い人かと言うと、
他一般と何も変わらない人、つまり、個性のない人、だと思います。
仕事であれば、「是非とも一緒に仕事をしたい人」
と思われないといけないわけです。
恋愛対象の男性としては、「他の人にはない魅力がある」
と言われなければならないわけです。

具体的な目標が決まりましたので、次は方法論です。
続きを読む
posted by Tomo at 14:36| Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月28日

自信を持つということ

社会生活において、自信がいかに大切であるか、
ということは議論の余地もないだろう。
そして、自信を持つということが、
『自分をどれくらい好きであるのか』に、
その基底を委ねていることも揺ぎ無い事実である。

さて、程度はさておき、
自分を好きでいるのには、チカラが要る。
たとえば、ある志望大学に受験で失敗すれば、
高校生活を振り返り、遊んでいた時間を洗い出し、
「何故あの時、勉強しなかったのだろう」
と、少なからず悔やむものである。
自己嫌悪の念も、そこに付随してきてしまう。
ここで、「無駄な時間など1分たりともなかった」
と言えるのであれば、それはチカラがあることに相違ない。
しかしながら、もし合格しているのであれば、
無駄な時間が過去に存在していたとしても、
自信が揺らぐことなどは決してない。
それは、運を引き寄せるチカラや、要領の良さというチカラが、
その人に備わっていたことに起因する結果だからである。
続きを読む
posted by Tomo at 23:00| Comment(3) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月26日

第一人称で話せない人

最近、「俺の友達が○○したんだよね」とか
「うちの親が○○って言ってたんだよねぇ」とか
自分じゃない人が何かをした話を
誇らしげに話す人が多くなったような気がします。
それは、僕の周りの環境がそうなったのか、
日本全体がそういう傾向にあるのか、
残念ながら理由は定かではありませんが。

大切なのは、聞いてどう思ったのか。
「それで、あなたは?」と聞きたくなってしまいます。
当然、聞いても、うわべだけの答えしか返ってこないのですが。
自分のことしか話せないという人は、
基本的に付き合うのが難しく、
嫌われてしまうこともしばしばあります。
しかし、僕は、自分のことを話せない人よりも、
自分のことしか話せない人の方が、ずっと価値があると思います。
なぜなら、その人の言葉は、その人だけのものだからです。
続きを読む
posted by Tomo at 10:00| Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月25日

女性の年齢と恋愛の関係

『年下ばかりを狙う男は大体ロクデナシ』という記事がありました。
少し強引な論理展開もありますが、概ね間違っていないと思いました。
25歳という年齢に大きな意味はないですが、
それぐらいを超えると、一通りの恋愛を経験してきた人が増えます。
ここでの恋愛とは、柴門ふみさんの定義をお借りして「3年以上」と、します。
"3年"の意味は、彼女の著書「恋愛論シリーズ」を参照して下さい。

ここからが本題。
恋愛を経験したことがない女性と、付き合うのは簡単です。
それは「夢」を見させれば良いだけだからです。
恋に恋する、と良く言いますが、この状態にすれば付き合えます。
僕は、この状態を否定する気はありません。素敵な時間だと思います。
しかし、恋愛をするのは、非常に難しいと思います。
なぜなら、そこには「現実」が存在するからです。
恋愛に限らずとも「現実」は非常に厳しいです。
これと向き合うことは、それ相応の「覚悟」が必要になります。
この「覚悟」の中身は書きませんが、
これに向き合えない男性というのは「ロクデナシ」が多いです。
恋愛に「覚悟」を決められない男性というのは、
往々にして、人生の数々の局面で「覚悟」を決められません。
別に「覚悟」を決められないだけなら
「慎重派」という好意的な見方も出来ますが、
ここに「年下ばかりを狙う」という事実が重なると
「プライドばかりが高いロクデナシ」になるわけです。
こういう男性というのは、「恋愛経験者」に相手にされません。
ここで、女性に相手にされないのは「プライド」が傷つくので、
「恋愛未経験者」つまり「年下」を狙っていくことになるわけです。

ここでタイトルに戻ると、女性は「恋愛」をして、
年齢相応の経験を重ねる必要があり、
そして、男性を見る目を養うべきなのではないかと思います。
そうやって培われた目は、
「幸せ」と「現実」の交わる場所を見つけられると僕は考えています。
posted by Tomo at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月10日

若者と携帯電話

つい先日、15時ぐらいに、電車に乗っていると、
近くに女子高生が乗ってきました。
ホームにいるときから、ずっと携帯の画面を見つめ、
おそらく、メールを打っているものと思われます。
普通の格好の真面目そうな学生さんです。
数分後、その娘に目をやると、やっとメールが終わったようで、
カバンをガサガサと探っていました。
探していたものが見つかり「あった!」という顔をして
取り出したものは、なんと「携帯のバッテリー」でした。
慣れた手つきで、バッテリーを交換すると、
またメールを打ち始めました。
僕は、唖然としてしまいました。
他に驚いた人はいないのかと、周りを見回したりもしました。
しかし、残念ながら、見ていたのは僕だけのようでした。
失礼ながら、じっくり観察させていただきました。
どうやら携帯もまだ新しいもののようです。
機種はDoCoMoのN901i。傷もほとんどない。
確かに、FOMAは電池の消耗が激しいですが、しかしながら、
どれだけ操作すれば、スペアバッテリーが必要になるのでしょうか。
おそらく、朝から学校にいたはずで、授業を受けていたと思われる人に、
どこに、そんなに携帯を操作する時間があったのでしょうか。
もし、たまたま外泊をして、昨晩に充電ができなかったとしても、
スペアバッテリーを持ち歩いてるのは不自然です。
それなら、充電器を持ち歩く方が、よっぽどコストがかからない。
やはり、「1日の間にバッテリーが2つ必要な生活を送っている」
と考える方が自然な気がします。

さて、そんなに携帯が必要な生活とは、どんなものなのか。
私事で申し訳ありませんが、僕は携帯を触る時間が増えると、
その日にやろうと思っていた作業の効率が落ちてしまいます。
確かにメールは、自分の携帯と、送信先の媒体に履歴を残します。
当然のことですが、やったことが残るのは、存在を証明することにつながります。
しかし、自分の履歴が、携帯に送信箱に残った文字では、
あまりにも寂しい人生ではないのかと思うのです。
「携帯が必要な生活」
であり、
「携帯がなければ存在が証明できない人生」
ではないことを、
車窓に差し込む赤い夕日に願う出来事でした。
posted by Tomo at 23:00| Comment(23) | TrackBack(2) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月25日

リーダーシップとは

就職活動のときにも考えていたけれども、
『リーダーシップの素養』とは何なのでしょう。
ある本に
『嫌われ役でも良いが、嫌われ者になるな』
とあって、
なるほどな!と思ったことがあります。
つまり、口煩く注意することがあっても、
その発言に、正当性と一貫性があれば、
心から嫌われてしまうことはないのです。

リーダーになる人には、集団を大局的に見て、
問題があれば、それを修正をする役割があります。
そのため、この『役』は往々にして煙たがれることがあります。
しかし、そこで『人』として嫌われてはいけないのです。
もちろん大変な『役』ですが、
誠実にその『役』を勤めていれば、
必ず認めてくれる人がいます。

リーダーとは、威圧的な人ではありません。
先導をするだけでもありません。
ときには、裏方の仕事もしなければなりません。
といっても、一人で何もかもできる人ではありません。
集団の中で中心となり、
手と手を取り合える『お手伝い』をする人が
リーダーなのではないでしょうか。

そうです。誰もがリーダーになれるのです。
今よりもほんの少し、視野を広く持って、
自分のやるべきことを考えることができれば・・・。
ただ、そんな余裕がない人もいます。
ある瞬間、『視野を広く持ててるな』と思えたなら、
自分から隣の人と手を取り合ってみる・・・
そうすれば、大きなリーダーがいなくても、
その集団がバラバラになることはないでしょう。
一人一人が『小さなリーダー』という雰囲気を作れる人こそ、
もしかしたら、本当のリーダーシップを持つ人なのかもしれません。
posted by Tomo at 10:00| Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月16日

面接必勝法 その3

今回は、「己を知れば」です。
おそらく、誰もが自己分析とかをすると思うのですが、
それだけではダメです。
ただ漠然と、自己分析を行っても面接にはなりません。
言うなれば自己紹介です。
相手が求める「人材力」をアピールするのが面接です。
企業側が、達成意欲のある人を求めているのであれば、
それを伝えられる「学生時代に注力したこと」を
話さなければなりません。
その話に、説得力を持たせるためには
それを支えるエピソードが必要になります。
このエピソードを考えるために「己を知る」必要があるのです。
自分の経験以上に説得力のあるものはありません。
ありきたりの体験でも問題ありませんから
自信を持って、エピソードを語って下さい。

そして、企業が求める人材を頭にした「ツリー構造」意識して
面接ごとに自分自身を再構成して下さい。
人は多面体です。見せたい部分を大いに見せて下さい。
また、そこにロジカルさがあれば、「存在が説得力」になります。
そうなるように、心がけてください。
posted by Tomo at 10:00| Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月15日

面接必勝法 その2

今回は、「彼を知る」です。
「彼」は言うまでもなく志望企業であり、
志望企業の強みと弱みを知る必要があります。
そんなことは解っている!と言われそうですが、
では、HPやパンフレットに書いてあること以外で、
どんなことがあげられますか?
みんなが知っていることを知っているのは
当然のことです。大切なのは、独自の知識です。
まず大切なのは、同業他社との位置関係。
パワーマップにしてみるのが良いでしょう。
売上高の比で半径を決め、その中に企業名を書き、
M&Aなどの関係で、それらを結びます。
作ったそれを眺めるだけでも、強みや弱みが見えてきます。
そしたら、弱みの解決案を自分なりに考えます。
「私なら、こうやる!」というものです。
他人に説明できるぐらい、良く思考をめぐらします。
これが、独自の知識になります。
この他には、毎日のように読んでるであろう日経から
関連記事を取り出し、そのニュースの裏にある「意図」を
自分なりに考えてみます。読むだけでなく、考える。
これが、面接力になると思います。

次回は、「己を知れば」について解いてみたいと思います。
posted by Tomo at 21:03| Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月14日

面接必勝法 その1

就職をするときに必ずある面接。
これに「勝つ」とは、一体どういうことなのか。
それは、自分に合った会社から内定をいただく
ことに相違ありません。
さて、自分に合うとは、どういうことでしょう。
それは「自分の希望」と「志望企業の希望」が
マッチングしていることだと思います。
ここを勘違いすると、「勝つ」ことはできません。
「勝つ」ためのセオリーとして
「彼を知り己を知れば、百戦して殆うからず」
という孫子の兵法がありますが、
これを実践すれば、「勝てる」と僕は思っています。
少なくとも、僕はこれで勝ちました。

次回は、この兵法を面接ついて解いてみたいと思います。
posted by Tomo at 16:56| Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。