2005年08月22日

三十にして立つ

良く40歳を不惑の歳と言いますが、
「十五にして学に志す」から、
「七十にして心の欲する所に従いて、矩を踰えず」まで、
節目の歳に、それぞれ言葉があるわけです。

さて、僕が次に直面する節目、それは30歳。三十路です。
ここで僕は立たなければ、ならないわけです。
つまり、残りの20代を立つために尽くさなければならない
ということになります。

では、「立つ」とは何か。
これを考えるために「立っていない」とは何かを考えると、
市場価値がない人ではないかと、僕は思っています。
どんな人が市場価値が無い人かと言うと、
他一般と何も変わらない人、つまり、個性のない人、だと思います。
仕事であれば、「是非とも一緒に仕事をしたい人」
と思われないといけないわけです。
恋愛対象の男性としては、「他の人にはない魅力がある」
と言われなければならないわけです。

具体的な目標が決まりましたので、次は方法論です。
仕事も恋愛もやることは一緒です。
「どんな人が求められているのかを知り、(調査)
それと自分との距離を縮め、(実行)
変化前後で自分に対する反応の違いがどうであるのか考え、(試験)
次に自分がするべき行動を見極める。(修正)」
一般化すると、こういうことです。

実は、ここで一番難しいのは、仕事と恋愛の両立です。
同じような性質を持っている以上、
どうしても混同してしまいがちであり、
どちらかがうまくいかないと、
もう1つの方に逃げてしまうことも少なくありません。

では、それを防ぐにはどうすれば良いか。
それは、明確なキャリアプランを持つということです。
残念ながら、恋愛は計算することが出来ません。
どんなに考えても不確定要素です。
しかし、キャリアは計算することができます。
このときに、恋愛を排除して考えることができれば、
自分を見失ったときに指針となり、大きな助けとなるはずです。

三十にして立つために、残りの時間にできること・・・。
抽象的な目標に対する明確なアプローチ、
これを繰り返すことが、自立の三十の先にある、
不惑の四十にたどり着くための
プロセスなのではないかと僕は思っています。
posted by Tomo at 14:36| Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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