2005年07月26日

第一人称で話せない人

最近、「俺の友達が○○したんだよね」とか
「うちの親が○○って言ってたんだよねぇ」とか
自分じゃない人が何かをした話を
誇らしげに話す人が多くなったような気がします。
それは、僕の周りの環境がそうなったのか、
日本全体がそういう傾向にあるのか、
残念ながら理由は定かではありませんが。

大切なのは、聞いてどう思ったのか。
「それで、あなたは?」と聞きたくなってしまいます。
当然、聞いても、うわべだけの答えしか返ってこないのですが。
自分のことしか話せないという人は、
基本的に付き合うのが難しく、
嫌われてしまうこともしばしばあります。
しかし、僕は、自分のことを話せない人よりも、
自分のことしか話せない人の方が、ずっと価値があると思います。
なぜなら、その人の言葉は、その人だけのものだからです。
先日、ある会話の中で、
「子供が生まれたら、人生も終わったようなもんだよ」
と言われました。
その発言をした人は、大学生で、結婚はしていません。
もちろん、子供もいません。
何故、そんなことを言うのか聞いてみると、
「△△先輩が言ってた」そうです。
しかし、よくよく聞いてみると、△△さんも未婚で、
子供がいない人だそうです。
もしかしたら、△△さんは、
子供を生んだ人から聞いたのかもしれませんが、
そんな伝言ゲームに耳を傾ける気にはなりません。

別に、「出産=人生の終了」と思っている人がいても構いませんが、
それよりも、どうしたら、出産を喜びと思えるのか、
幸せを見出すには何が必要なのか、
それについて考える方が、よっぽど大切なことだと思います。
しかし、伝言ゲームでは、それを裏付ける根拠がないから、
議論の余地はありません。そこで終了です。

くだらない世論などに振り回されて、
自分の幸せの可能性を狭めてしまうほど、
悲しいことはありません。
少なくとも、何かを批判するのであれば、
その言葉に対して責任を持つべきなのではないかと思います。
posted by Tomo at 10:00| Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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